電話のむこう側

ブログに手を出すことなんてないだろうな

とずっと思ってきたけど,

私って説明が下手なのはもしかして普段文章を書かないから?

日記を書いてみようかな

と割と単細胞な思考でここにいたっている

文章はきっとこれから上達するかもしれないし,そしたら会社でも説明上手になれるかもしれない

そんな下心からはじまっている

 

今週末は世の中はバレンタインデーというのだから,先週からそわそわして仕方なかった

 

初めての社会人バレンタイン。

義理チョコを職場で配るという職務がのしかかってきた

 

チョコはあげるより食べる派ですなんてことはこの歳になって言うことはできず,結局会社近くの百貨店で

「私は義理チョコです」

と主張しているチョコを爆買いしたのである

(チョコ売り場には綺麗なおねえさんがたくさんいたけれど,みんな同じように義理ものを買い占めていたので,本当はバレンタインは誰のためのものなのかわからなくなった)

 

帰り道,紙袋の中で無愛想にしている義理チョコたちを見たら

会社の先輩にはチョコ配るのに,パパやおじいちゃんにはいいのかな

なんてことがよぎったので,数日前手作りのパウンドケーキを家族に送ってみた

 

そして今日おじいちゃんに届いたか確認の電話をしてみようと思いついた。

何年ぶりだろうか,電話をするなんて。

ちょくちょくおじいちゃんには会っていたけれども。

耳が遠くなってからは,会話にあまり入ってこなくなったおじいちゃんは電話越しではとても饒舌だった。耳もとどうしで話しているもの。とてもスムーズなコミュニケーション。

わたしの大好きなおじいちゃんの凛としたところや丁寧で穏やかな物腰,何も変わっていない。

耳が遠くなかった頃たくさん話したおじいちゃんがそのままいたのだ。

わたしはとても安心したし,なぜもっと早く電話しなかったのだろう

と思った

 

おじいちゃんはケーキをとても喜んでいて,電話のむこうでおばあちゃんも

美味しかったわよ〜

なんていうから、単細胞な孫はとても良いことをした気になってしまった。

 

ひとしきり話した電話の切り際に,じゃあまたねとおじいちゃんが言った後,

おじいちゃんは電話を終えたつもりで受話器を降ろしながら,おばあちゃんに

「ほんとうにいいこだあ」と言っていたのが遠く半分だけ聞こえた

 

私がいいこであるかはさておき,

おじいちゃんは今,私がいいこであることに喜んでいたのか

結果としていい孫に育ったことに喜んでいたのか

これはわからない。

 

なんにせよ人から褒められるなんて滅多にない年まで来てしまった私だけど,

こんな風に思ってくれてる人がまだいたんだ

と抑えられない嬉しさでいっぱいになった。

 

いろんなことに気づいた電話だった。

 

Happy Valentine's Day